柚子の香りで思い出がよみがえる?香りと記憶を看護に活かすヒント
なじみのある香りが、その人の人生に寄り添うきっかけに
柚子の香りから、会話が広がることがあります
緩和ケアのアロマボランティアで患者さんと接していると、香りが会話のきっかけになることがあります。
私が使うことのある香りの一つが、柚子です。
ヒノキの香りも使いますが、柚子のほうが使いやすいと感じることが多いんです。
柚子やヒノキの香りを使うと、反応がよく、いつもよりお話ししてくださることがあります。
もちろん、すべての方が同じ反応をするわけではありません。
でも、香りをきっかけに会話が広がることには、以前から興味を持っていました。
なぜ、香りは昔の記憶と結びつくのでしょう?
そして、なぜ柚子のような、私たちの暮らしになじみのある香りが、そのきっかけになるのでしょうか。
今回は、香りと記憶の仕組みを、日本の研究と一緒に考えてみたいと思います。
私にとって柚子は、暮らしの中にある香りです
私の家の庭には、柚子や金柑、夏みかんがあります。
とくに柚子は、毎年、実がなるのを楽しみにしていて、柚子茶や柚子胡椒にして味わうこともあります。
そんなふうに暮らしの中で親しんでいる植物だからこそ、柚子の香りは、季節の記憶や昔の思い出と結びつきやすいのかもしれません。
柚子の香りには、冬の台所や食卓、庭の実り、手仕事の時間など、その人らしい暮らしの記憶が重なりやすいように感じます。

香りを使うとき、私は「この香りが効くかどうか」だけではなく、その方にとって、どんな暮らしや記憶と結びついている香りなのかを大切にしたいと思っています。
香りで昔の記憶がよみがえる「プルースト効果」
ふと漂ってきた香りで、昔の出来事を思い出したことはありませんか?
料理の香り、季節の花の香り、昔住んでいた家を思い出す香り。
それまで考えてもいなかった記憶が、突然よみがえることがあります。
こうした現象は「プルースト効果」と呼ばれています。
フランスの作家マルセル・プルーストの小説に登場する、紅茶に浸したマドレーヌの味と香りから幼いころの記憶がよみがえる場面に由来しています。
嗅覚は、感情や記憶と深く結びついています
鼻から入った香りの情報は、嗅神経を通って嗅球へと伝えられます。
そして、感情に関わる扁桃体や、記憶に関わる海馬などを含む脳のネットワークと密接につながっています。
そのため香りは、単に「何のにおいか」を感じるだけではなく、感情を伴った思い出と結びつくことがあるのです。
こうした、自分自身の人生の出来事に関する記憶を「自伝的記憶」と呼びます。

TINO:「香りって、昔の出来事を思い出すスイッチみたいなんだね!」
川口三枝子:「そうなんです^^ しかも、香りから思い出す出来事は、その人だけの大切な記憶なんですよ」
香りが自伝的記憶を呼び起こす特徴については、心理学でも研究が重ねられています。
▶ 研究:Chu & Downes(2002)Proust nose best: odors are better cues of autobiographical memory
日本の高齢者118人を対象にした、香りと記憶の研究
ここで、今回ぜひご紹介したい研究があります。
2019年に『Journal of Rural Medicine』で発表された、日本の高齢者を対象とした研究です。
柚子の香りを思い出す人は約8割
研究の対象になったのは、地域で暮らす65歳以上の高齢者118人。
日本人になじみのある40種類の香りについて、過去の出来事を思い出した経験があるかを調べました。
その結果、柚子については、
118人中94人、79.7%が、過去の出来事を思い出した経験があると回答しました。
興味深いですね。
ちなみに、最も多かったのは白檀の91.5%。柚子は79.7%で2番目でした。
全部で16種類の香りについて、70%以上の人が思い出と結びつく経験を回答しています。

TINO:「柚子の香りに思い出がある人って、こんなに多いんだね!」
川口三枝子:「そうですね。でも、この研究には知っておきたいことがあるんですよ」
実はこの研究では、参加者に精油を嗅いでもらったわけではありません。
香りの名前を提示し、その香りにまつわる回想経験を質問票で調べています。
ですから、この結果だけで「柚子精油を嗅ぐと約8割の高齢者が昔のことを思い出す」とは言えません。
それでも、日本の高齢者にとって、柚子という香りが記憶と結びつきやすい候補の一つであることを考える、興味深い資料です。
私が柚子の香りを選ぶ理由
柚子は、日本の暮らしに昔からなじみのある植物です。
冬至の柚子湯、お料理に添えた柚子の皮、庭で収穫した実、柚子茶や柚子胡椒。
こうした日常の経験があるからこそ、柚子の香りは「説明しやすく、想像しやすい香り」でもあります。
もちろん、柚子を知らない方もいれば、好きではない方もいらっしゃいます。
ただ、香りを説明するときに「柚子」という名前が伝わりやすいことは、大きな魅力だと思っています。
私が普段使っているのは、プラナロムのユズ精油です。
柚子精油の化学成分も見てみましょう
柚子の学名は Citrus junos。
ミカン科の植物です。
柚子の果皮には、リモネンやγ-テルピネンなどのモノテルペン炭化水素類が多く含まれています。
でも、同じ柑橘系だからといって、オレンジやレモンとまったく同じ香りにはなりませんよね。
香りの個性には、含有量の多い成分だけでなく、微量の芳香成分も関係しています。
実際に柚子の果皮油を分析した研究でも、さまざまな成分が特徴的な香りに関わることが報告されています。
ただし、研究で分析された果皮油と、私が使う製品では抽出方法や成分構成が異なる場合があります。
プラナロムのユズ精油は、日本産の果皮を水蒸気蒸留した製品です。
どんな成分が、どれくらい含まれているのか。
実際に使う製品の分析表を確認しながら考えるのも、アロマ化学の楽しさですね。
▶ 製品情報:プラナロム|ユズ(Citrus junos)
▶ 成分研究:Chemical and aroma profiles of yuzu peel oils of different cultivars(2009)
ヒノキの香りも、日本人の暮らしになじみがあります
柚子とともに、私が使うことのある香りがヒノキです。
ヒノキといえば、木造建築、お風呂、森林などを思い浮かべる方もいるかもしれません。
柚子が食べ物や季節の行事と結びつきやすい香りだとすれば、ヒノキは木のある暮らしや場所の記憶と結びつくことがありそうです。
ただし、どちらの香りがよいかは、その方の経験によって違います。
精油には植物の種類だけでなく、枝葉や木部など、どの部位から採油したかによる違いもあります。
「日本人だから柚子が好き」「高齢者だからヒノキが落ち着く」
そんなふうに決めつけないことも大切ですね。
香りを選ぶ前に、その人の好きなものを知る
緩和ケアや看護の場面で、私が大切にしたいのは、香りを使うこと自体を目的にしないことです。
大切なのは、目の前の方がどう感じるか。
例えば、好きな香りの話をすること。
昔から身近だった植物について聞いてみること。
香りを試すかどうかも、ご本人に選んでいただくこと。
そうしたやり取りそのものが、コミュニケーションのきっかけになると思います。
精油でなくても、会話は始められます
ここで忘れたくないのは、必ずしも精油を使う必要はないということです。
柚子という植物について話すだけでも、季節や食べ物の話につながるかもしれません。
「お庭に柚子はありましたか?」
「柚子湯はお好きですか?」
「柚子茶や柚子胡椒は召し上がりますか?」
そんな会話から、その方らしい思い出が出てくることもあります。
香りを試すときも、まずご本人の希望を確認します。
香りには好き嫌いがありますし、体調によっては普段好きな香りでも不快に感じることがあります。
頭痛、吐き気、咳などがある場合や、香りを望まない場合には使いません。
医療・介護施設では、医療チームの判断と施設のルールを優先し、周囲の方への配慮も必要です。
香りを使わないという選択も、その方を大切にするケアの一つです。
香りは、会話のきっかけになるのでしょうか?
香りによって呼び起こされる自伝的記憶については、コミュニケーションとの関係を調べた研究もあります。
2022年、日本の高齢者を対象に、香りから思い出される記憶の働きを測定する尺度が開発されました。
その研究では、香りによって呼び起こされる記憶の働きの一つとして「コミュニケーションの促進」が抽出されています。
これは、柚子精油を使えば会話が増えると証明した研究ではありません。
でも、香りをきっかけに思い出を語ることには、単なる嗅覚刺激とは違う意味があるのかもしれませんね。
よくある質問
Q. プルースト効果とは何ですか?
香りをきっかけに、過去の個人的な出来事や、それに伴う感情がよみがえる現象です。嗅覚と自伝的記憶の関係として研究されています。
Q. 柚子精油は、高齢者の記憶を改善しますか?
記憶力そのものを改善するとは言えません。柚子にまつわる回想経験を報告した研究はありますが、柚子精油による記憶機能の改善を示したものではありません。
Q. 看護や緩和ケアでは、柚子とヒノキのどちらがおすすめですか?
どちらにも、それぞれの魅力があります。大切なのは一般的な人気より、その方の好みや生活経験、体調です。精油を使わずに、植物の話から会話を始める方法もあります。
香りの向こうに、その人の人生があります
柚子の香り。
ヒノキの香り。
私たちにとって身近な植物でも、その香りから思い出すことは、人によって違います。
香りそのものが大切なのではなく、その香りの向こうにある、その方の思い出や人生を大切にしたい。
私は、そう思っています。
アロマテラピーを学ぶことは、精油の名前や成分を覚えることだけではありません。
植物の特徴を知り、香りと身体の関係を学び、目の前の方に合わせて考えること。
そして、相手の言葉に耳を傾けること。
看護や緩和ケアの中でも、そんな姿勢を大切にしていきたいですね。
▶ 関連記事:アロマで痛みは治らない。それでも私が緩和ケアに精油を持っていく理由
この記事を書いた人|川口三枝子
AromaTime主宰。NARD JAPAN認定アロマ・トレーナー/アロマセラピストトレーナー。著書『すぐ使えるアロマの化学』。
植物の生育環境と精油の化学成分をつなぎ、研究の根拠を踏まえたアロマテラピーを伝えています。緩和ケア病棟でのアロマボランティア活動にも取り組んでいます。
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<この記事を書いた人> 川口三枝子(AromaTime主宰)
NARD JAPAN認定アロマ・トレーナー/アロマセラピストトレーナー。アロマ歴28年。著書『すぐ使えるアロマの化学』はロングセラーとなり、台湾語版も発売。AromaTimeスクールチームとして、緩和ケア病棟でのアロマケアボランティアも継続しています。
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