アロマで痛みは治らない。それでも私が緩和ケアに精油を持っていく理由
この記事は、看護師のためのアロマシリーズの1本です。
▶ シリーズの入口:看護×アロマとは?看護師が知っておきたい基礎知識と安全な学び方
ラベンダーとマンダリン、2種類を用意する理由と、2026年の最新研究報告
痛み止めは使っている。記録の上でも、痛みは落ち着いている。
それでも、目の前の方がまだつらそうに見える。そんな場面に立ち会ったことはありませんか。
薬以外に何かできることはないだろうか。そう思ってアロマテラピーにたどり着く看護師さんに、私は何度もお会いしてきました。そして、そこでもうひとつの壁にぶつかる方も多いのです。「なぜその精油を使うのか」を、自分の言葉で説明できない、という壁です。
この記事では、私が緩和ケアの現場で精油をどう選んでいるのかと、その選び方の奥にある成分という手がかりについてお話しします。
アロマが痛みを治す、という話ではありません。いま何がわかっていて、何がわかっていないのかも、正直に書きます。
一人ひとりに合わせられない現場で、私が決めていること
私は月に2回、緩和ケア病棟でアロマケアのボランティアをしています。手と足のマッサージです。
行くときは、グループで伺います。ですから、患者さんお一人おひとりに合わせてブレンドを作る、ということはしていません。あらかじめ2種類のブレンドを決めて、それを持っていきます。濃度は1%です。
「一人ひとりに合わせない」と書くと、手を抜いているように聞こえるかもしれません。でも、限られた時間で何人もの方のところを回る現場では、これが現実的なやり方です。そして、だからこそ「何を持っていくか」を真剣に考えます。
私が決めているのは、2種類の香りを、わざと違う雰囲気にしておくということです。
ひとつは、ラベンダーのような花の香り。もうひとつは、マンダリンを中心にした柑橘の香り。中身は季節で変えます。夏は爽やかな方向へ、冬は温まる方向へ。ラベンダーとマンダリン、この2つを合わせて1本のブレンドにすることもありますが、毎回ではありません。
なぜわざと香りの系統を変えるのか。患者さんが選びやすいようにです。
似たような香りを2つ並べても、選べません。でも「お花の香り」と「柑橘の香り」なら、どちらがいいか、すぐに決められます。
緩和ケアの場では、自分で決められることが少なくなっていきます。食べるものも、起きる時間も、体の向きさえも。そういう中で、「こっちがいい」と選んでいただける場面をひとつ作る。私にとっては、それも含めてケアです。
では、その候補はどう選んでいるのか
とはいえ、何でもいいから2種類、というわけではありません。緩和ケアに向く精油をいくつか決めておいて、その中から選んでいます。
ここからが、成分の話です。
ラベンダー・アングスティフォリア(Lavandula angustifolia)は、標高の高い、乾いた、紫外線の強い土地で育ちます。人間にとっては過酷な環境です。植物にとっても同じで、そこで生き延びるために、この植物はエステル類という成分を蓄えるようになりました。酢酸リナリルは、その代表です。
ちなみに、ひとくちにラベンダーといっても、育つ標高によって種類が分かれます。その違いと選び方は、こちらの記事に書きました。
香りは、植物が私たちのために作ったものではありません。虫を遠ざけるため、乾燥から身を守るため、菌に負けないため。自分が生き延びるために作った武器です。私たちは、それを分けてもらっている。この視点を持つと、精油の見え方が変わります。
一方、柑橘の果皮に多いのはモノテルペン炭化水素、なかでもリモネンです。花の香りと柑橘の香りがはっきり違って感じられるのは、含まれている成分のグループが違うからです。
このリモネンがどんな性質を持っているかは、暮らしの中の例で書いたものがあります。
同じ柑橘でも、マンダリンとオレンジは違う
ここからが、成分で考えることの面白いところです。
あとで紹介する研究では、柑橘としてオレンジ・スイートが使われています。でも私が緩和ケアの場で中心に据えているのは、マンダリン(Citrus reticulata)です。
量として多い成分を見ると、この2つはよく似ています。どちらもリモネンをはじめとするモノテルペン炭化水素が主体です。それなら同じようなものかというと、そうではありません。
マンダリンには、アントラニル酸ジメチルという成分がごく微量含まれています。量としてはわずかです。それでも、この精油の性格を決めているのはこの成分だと私は考えています。ファンタグレープを思わせるあの独特の甘さは、ここから来ています。そして、セロトニンに関わる働きや、レム睡眠に関する特徴が報告されている点は、ほかの精油にはあまり見られないものです。
量の主成分が似ていても、微量成分が性格を決めることがある。
成分表を「多い順に読む」だけでは、ここは見えてきません。緩和ケアの場で必要なのは、明るく元気にすることよりも、静かに落ち着いていられることだと私は感じています。だから、オレンジではなくマンダリンを選びます。
(※日本の温州みかん Citrus unshiu から採れるものは、香りも成分の構成も別物として扱います)
アメリカの大学から届いた、ひとつの報告
2026年の夏、アメリカのロチェスター大学医学センターとロズウェルパークがん研究所のチームが、化学療法を受けている患者さんを対象にしたアロマテラピーの研究を発表しました。
ラベンダー、オレンジ、ジンジャー、そして対照としてホホバ。4つのグループに分かれて、吸入器を使ってもらう試験です。参加されたのは8歳以上の患者さんで、子どもたちも含まれています。
この研究がいちばん知りたかったのは、「効くかどうか」ではありませんでした。
患者さんが実際に、これを続けられるかどうか。 それがこの研究の主な問いでした。
そして、続けられた、という結果でした。
症状の重さも少し下がってはいたのですが、これはグループ同士を比べたものではありませんし、著者のみなさんも「これらの知見を検証し、作用機序を探るには、さらなる研究が必要である」と結論に書いています。ですから、この研究を根拠に「アロマで化学療法の副作用が軽くなる」と言うことはできません。
言えるのは、こういうことです。効くかどうかの前に、患者さんが続けられるかどうかが確かめられて、続けられた。
看護師のみなさんにとって、これは小さな話ではないと思うのです。どれほど良いケアでも、続かなければ現場では成立しないからです。しかも、8歳の子どもたちも含めて、それができた。
出典
“Effects of aromatherapy on chemotherapy-related symptom management.” Supportive Care in Cancer, 2026.
呼吸が深くなる、ということ
この研究で参加者がしているのは、吸入器から息を吸い込むことです。意識して、深く。
私が現場でしているのは、それとは違います。手や足に触れているだけです。
それでも、こういうことが起こります。
眠っていらっしゃる方や、言葉でのやりとりが難しい方でも、手に触れていると、呼吸が深くなるのが体を見ていてわかるのです。胸やお腹の動きが変わる。私が最初に気づく変化は、たいていこれです。
方法はまったく違います。片方は吸い込むこと、片方は触れること。それでも、届いている場所は案外近いのかもしれない——と、私は思っています。
ただし、これは私が現場で感じていることであって、あの研究が示したことではありません。そこは分けて書いておきます。
だから私は、こう答えています
以上を踏まえて、私が現場でしていることは、とてもはっきりしています。
「これで痛みが治りますよ」とは、絶対に言いません。
私がお伝えするのは、「リラクゼーションの時間です」ということだけです。治療は医療チームの仕事です。私が担っているのは、その隣にある別の役割だと考えています。
そして、患者さんやご家族から「楽になった」と言っていただいたとき、私が返している言葉はこれです。
「ありがとうございます。よかったです^^ 嬉しいです」
説明はしません。効果の話もしません。ただ、その言葉を受け取ります。
精油を選ぶとき、私たちにできるのは、成分という手がかりを持って、いま自分が何を選んでいるのかを自覚することだと思います。そのうえで、わからないことはわからないと言う。エビデンスが十分でない領域で仕事をするということは、たぶんそういうことなのだと思っています。
私がなぜ「成分で選ぶ」ことにこだわっているのかは、こちらにも書きました。
症状別にどう考えるのか、精油ごとに何を見るのか。これから一つずつ書いていきます。
もっとまとまった形で学びたい方のために、講座でもお伝えしています。
看護の現場に、アロマをどう取り入れたらいいの?
そう思っている看護師さんへ、9月11日(金)20時から「看護師のためのアロマ勉強会」第2回を開催します。
看護師のためのアロマ勉強会 第2回
明日から使える!訪問看護師のためのアロマ・フットケア講座
看護師のアセスメントを生かした、香りと触れるケアの始め方
日時:2026年9月11日(金)20時から
講師:青木典子さん
看護師・ケアマネージャー・アロマセラピスト
特別なことを新しく始めるのではなく、看護師さんがすでに持っている観察やアセスメントの力を生かしながら、いつものケアに香りや触れるケアをどう取り入れていくのか。
患者さんの状態の見方、香りを使うかどうかの判断、コミュニケーション、安全に行うための注意点など、明日から生かせるアロマケアの導入方法をお話しいただきます。
アロマは医療に代わるものではありません。
それでも、香りやタッチングを通して、その方が少しゆっくり過ごせる時間を考えることはできます。
この記事が、看護とアロマの関係を安全に考える最初の一歩になればうれしいです。
よくある質問
Q. アロマは化学療法の副作用に効きますか?
現時点で「効く」と言い切れる段階ではありません。2026年にアメリカのロチェスター大学などから報告された試験は、有効性そのものよりも「患者さんが続けられるかどうか」を主な目的とした研究で、著者らも作用機序の解明にはさらなる研究が必要だと述べています。
Q. 緩和ケアの現場では、どんな精油がよく使われますか?
ラベンダーと柑橘系が中心です。香りが受け入れられやすいこと、安全性が比較的高いことが理由です。ただし香りの好みは個人差が大きいため、その方が不快に感じないかどうかを最優先に確認します。
Q. オレンジとマンダリンは、どう違うのですか?
量として多い成分は似ていますが、マンダリンには微量の特徴成分が含まれています。アントラニル酸ジメチルという成分で、この成分がマンダリン特有の甘い香りと特徴的な性格をつくっています。例外的に、量が少なくても、精油の性格を決める成分はあります。
川口三枝子(AromaTime主宰)
NARD JAPAN認定アロマ・トレーナー/アロマセラピストトレーナー(両資格取得は全国上位3%)。1998年よりアロマテラピーに携わる。著書『すぐ使えるアロマの化学』(BABジャパン)。緩和ケア病棟でのアロマケアボランティアを2025年5月より再開し、現在も月2回続けている。
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<この記事を書いた人> 川口三枝子(AromaTime主宰)
NARD JAPAN認定アロマ・トレーナー/アロマセラピストトレーナー。アロマ歴28年。著書『すぐ使えるアロマの化学』はロングセラーとなり、台湾語版も発売。AromaTimeスクールチームとして、緩和ケア病棟でのアロマケアボランティアも継続しています。
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